宮殿師とは、ご寺院の内陣の中央に位置し御本尊を安置するための御宮殿や、それを支える御須弥壇、またその左右に位置し宗派の開祖を安置する御厨子などの木地を専門に作る職人です。
宮殿師(くうでんし)
Kuden-shi
The work of Kuden-shi.
宮殿師の仕事
寺社の中核を成す造形
すべての仕事の始まりに
宮殿師の仕事は、完成品からは見ることができません。ご寺院の内陣の中央に、各宗派の御本尊を祀るのが御宮殿。その木地を作るのが宮殿師の仕事です。
宮殿師の仕上げた木地が、その後、漆塗、蝋色、金箔押、彩色、錺金具など数多くの職人の手を渡り、再び戻ってきたときにはすべて装飾で覆われていて木地の姿を見ることができません。
しかし、その完成品の内側には確かに職人の仕上げた木地があります。自分の仕事の後に続く職人たちがいかに仕事がしやすい仕上げになっているかを常に意識し、完成予想図の骨格を決めるのが宮殿師の仕事です。
木地のまま組み上げられた御宮殿には、繋ぎの部位に1~2mmほどの隙間を見つけることができます。この隙間は、次に続く漆塗の下地の厚みを計算しているのです。バラバラに外されて、各職人の手に引き継がれる御宮殿が戻ってきたとき、この数mmの隙間はピタリと埋まっています。
すべての仕事の始まりにあるからこそ、誰にも見えない部分まで精密な仕事に手を抜くことはありません。
杖と型
御宮殿や御厨子は、ご寺院の中心に納められる造形物の中でも極めて建築要素の多い仕事です。屋根があり、柱などの軸部、礎盤や斗組、扉などの設えがあります。
現代ではこれらの仕事を行うとき、CADなどの図面を用意して取り掛かりますが、宮殿師の図面は1辺2cm角、長さ2~3mほどの棒。この棒は「杖」と呼ばれます。杖の3面には、間口、奥行き、高さを示す文字や数値が書き込まれ、ひとつの大きさの御宮殿に一本の杖で製作が可能になっています。
もう一つは「型」。これは服飾をつくる時に使う型紙のようなものを木で作ったものです。この型は一つの杖に対して10~15種ほどが用意され、屋根の曲線、重なり合う曲面の角度などを示しています。
杖と型、この2つの素朴なものから、きらびやかな御宮殿の製造はスタートします。脈々と受け継がれてきた人の知恵は、時代の中で得も言われぬシンプルな造形から様式という装飾や美を積み重ねることで、ひとつの芸術といえる作品を生み出します。
鉋で仕上げる意味
宮殿師の使う主な道具は、鋸、鑿、鉋の3種に分けることができます。
形状を大きく形作るのは鋸の仕事、段差やエッジを生み出すのが鑿、そして、目に見えない部分まですべての表面にあてられるのが鉋です。
宮殿師の仕事では、柱の直径に合わせた長い角材を用意し、初めに正四角形を正八角形に、それを十六角形に、三十二角形に、六十四角形に…と柱の角を鉋で木目方向に逆らうことなく削り上げ、最後に丸鉋で仕上げます。こうすることで木材の繊維を傷めず、なめらかな表面へと仕上がっていきます。
この作業の意味は、宮殿師の仕事が次に繋がる基礎を作る仕事だからです。次に回る漆塗では、目に見えない些細なささくれもすべて表面に現れてきてしまいます。とても薄い金箔を押しても、元の木地の荒れを覆い隠してはくれません。漆黒の漆と黄金の金箔が光を反射したとき、はじめて元の木地の仕事が試されます。本質を高めるためには美しく繊細な仕事が必要になります。
そのために宮殿師は、木地の表面すべての部分に鉋をかけ、誇れる仕事をして次の職人にバトンを渡すのです。